熱ラチェット系における揺動散逸関係[実験・理論・モデル解析]

 近年の分子モーター系における様々な興味深い結果は、平衡から遠く離れた状態で働く分子モーターに対して、熱力学はいかに拡張されるかという問題を我々に考えさせるものだが、そのためにはこうした著しい非平衡系に対して通常の平衡熱力学の概念をどのように拡張できるかを考えなくてはならない。
 ところで熱平衡系における物理量の揺らぎと微小な外力に対する応答との関係について、よく知られた揺動散逸定理が成立する。ブラウン運動するコロイド粒子の拡散係数と移動度の間に成立するEinsteinの関係はその一例である。従って分子モーターにおいてEinsteinの関係がどうなっているかを調べれば上述の疑問への端緒をつかむことが出来ると考えられる。
 そこで、分子モーターのモデルとして熱ラチェットを採用し、その拡散係数と移動度との関係を調べた。熱ラチェットの一種であるRocking Ratchet [M. O. Magrasco, Phys. Rev. Lett. 71, 1477 (1993).]に対応する実験系を走査型光とラップを用いて構築し、微小ビーズの運動を解析することによってEinstein関係がどうなっているかを調べた。またその系を記述するLangevin方程式を数値的および理論的に解析し、その拡散係数と移動度との関係を求めた。その結果、両者の間には正の相関関係が見られたが、しかしEinstein型の線形関係からは、ずれていることが分かった。これは熱ラチェットは環境の温度とは異なる実効的な非平衡温度を持っていることを意味している。この非平衡温度は環境の温度よりも高く、これは余分な散逸につながり効率を下げる効果がある。
 また実際の分子モーター系についてもここで述べたような観点から解析を行うことは、その効率などを議論する上で非常に重要であろう。

T. Harada, "Phenomenological Energetics for molecular motors", Europhys. Lett. 70, 49 (2005).

T. Harada and K. Yoshikawa, "Fluctuation-response relation in a rocking ratchet", Phys. Rev. E 69, 031113 (2004).

培養心筋細胞達の拍動を眺めている。[実験]

 培養心筋細胞は単一の細胞でも自立的に収縮を続けている[映像]。その動きは非線形非平衡の権化のようでもあり、まず第一に見ていて飽きない。だが見ているだけでは仕事にならないので、次のようなテーマを考えている。

遺伝子発現はどうやって制御されているの?[理論]

 ゲノムには大腸菌でも4,300、ヒトでは3〜4万個の遺伝子が存在すると言われているが、その全てが同時に発現している訳ではない。発生の各段階、また様々な環境の変化に応じて各遺伝子の発現量は変化する。その仕組みは1965年にJacobとMonodによってオペロン説として説明されている [雑文集参照] 。しかしオペロン説に基づき遺伝子発現の反応方程式を立てても、目的とするダイナミクス(スイッチング・リミットサイクル)が現れるためのパラメータ領域があまり広くないことが多い。単一の細胞内ではパラメータも大きく揺らいでいることを考えるともっとロバストなメカニズムが必要になる筈であるが、現在行われている研究はオペロン説の範囲内でネットワークを工夫して安定性を増そうというものが殆どである。しかしもっと単純で普遍的なメカニズムはないものだろうか?

 京大ウイルス研・影山教授グループとの共同研究でこうした問題を考えている。平田氏らは細胞内でHes1と呼ばれる遺伝子の発現量が約2時間周期で振動していることを、培養細胞系において始めて見い出した。Hes1はラットの体節形成期に尻部で周期的に発現していることが知られているが、培養細胞系においても同様の現象が見い出されたことによって今後よりコントロールされた実験が可能になる。我々はHes1振動のメカニズムに対して簡単なモデルを提出したが、さらなる実験によってモデルを洗練していくことは今後の課題である。

H. Hirata, S. Yoshiura, T. Ohtsuka, Y. Bessho, T. Harada, K. Yoshikawa and R. Kageyama, "Oscillatory Expression of the bHLH Factor Hes1 Regulated by a Negative Feedback Loop", Science 298, 840 (2002).

集光レーザー場における脂質チューブの自励振動[理論]  解説ページ(英語)へ

 リン脂質は生体膜を構成する主要な成分である。このリン脂質からなるチューブ状膜構造物をある条件で集光近赤外レーザー光によりトラップしてやると、光軸に沿って配向したチューブがその周りで揺動運動するという現象を見い出した。この現象はメソスコピックなスケールで生じる散逸構造の一例であり、生体内で起こっている非線形振動を考える上でもこのような単純な系をよく調べることは重要であると考えられる。筆者は揺動運動の起こるメカニズムを考察し、チューブを簡単化した連結棒モデルによって実験で得られた結果を再現することができた。チューブ揺動運動は、レーザートラップが近赤外光と溶媒(水)との相互作用によって起こる局所加熱により不安定化して起こると考えられる。

S. -i. M. Nomura, T. Harada and K. Yoshikawa, "Autonomous swinging of a lipid tubule under stationary irradiation by a Nd^{3+}:YAG laser", Phys. Rev. Lett. 88, 093903 (2002) .

 

集光レーザーにより駆動される微少回転体の運動モード制御[実験]

 光ピンセットによりマイクロメートルサイズの物体を非接触に捕捉できることはよく知られているが、光の散乱力を利用することによって任意の方向、速度で回転するマイクロモーターを造れる可能性があり、近年研究されてきている。その回転の原理は物体(モーター)の形状にカイラリティを持たせてやることで、丁度風に駆動される風車の様に光子を散乱することで回転が起こるというものであるが、風車のアナロジーからも分かるようにその回転方向を変えることは難しいと思われていた。しかし筆者らは物体がトラップされる中心位置を制御することによって様々な運動様式が起こり、特に回転方向を反転させることも可能であることを実験的に示した。ここで示されたコンセプトを近年いろいろ開発されてきている微細加工技術と組み合わせることで、双方向に回転できるマイクロモーターを構築できることが期待される。

T. Harada and K. Yoshikawa, "Mode Switching of an Optical Motor", Appl. Phys. Lett. 81, 4850 (2002).


お蔵入り(?)研究へ


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